安室奈美恵、最終公演、行ってきた。今思う事②〜当選と落選〜





主題『当選と落選。それは感謝と申し訳なさ。熱烈なファンとにわかファン論争に思うこと⑴ 』




あの手この手で10公演くらいは応募しただろうか。


日に日に高まる世間の安室熱。


本当に当たるのだろうか?


もし当たらないようなことがあれば、そのような現実を受け入れられるんだろうか?




「神様、一生に一度のお願い」と、人生で3度目くらいのお願いを神様にしてみる。





もう2度と見たくない「厳正なる抽選の結果」という言葉。


その後に続く言葉は必ず「残念ながら」だからだ。





曜日・公演場所・日にちなどから、倍率を予想する。


「最終日は絶対行きたい」
「でもみんなそう思っているだろうから、倍率はヤバイだろう。」
「絶対1つは当てたい。」
「ならば倍率の少なそうなところから攻めていくか」
「いや、みんなそう思っているだろうから、逆張りしてみるか」
「いや、その逆か」
の無限ループ。








最終公演のみ、当たった。


大学受験の合格発表の時の気持ちを思い出した。


〜あなたを壊したい スリルが好きなの〜


完全に安室奈美恵に感情を弄ばれている。こんなスリルは好きじゃないっすよ。





内心


「よっしゃああああああ、当たったああああ!!!!神様ありがとう!」


ですよ。


ごめんなさい。ほんと偽りない当選した時の正直な感情。



大学受験同様、倍率というものがある以上、誰かが落ちないと自分が当たらないわけで。






でもね。




自分が当たるということは、誰かが落選してるという事実。



とある方のツイートより。↓(問題があれば削除します)


【本当に行きたかった、安室ちゃんに会いたい気持ちは同じってわかってる、わかってるんだけど私は当たらないのになんでにわかファンであたってんのまじでよこせチケットって実は心の中で思ってて軽く呪えそうだけど(嘘)今は許してごめんなさいツイッターでライブレポ見ながらガン泣なんだけど】



その気持ち、痛いほど分かるから、こういう落選された熱烈なファンの方のコメント見てると、自然と涙が出てくる。


悔しいだろうな。
神様うらむだろうな。
ニワカが憎いだろうな。
自分の運のついてなさに情けなくなるだろうな。
なんで私がいけないの。
なんで。
なんで。
なんで!




私なんかは冷めた人間なので、何かにのめり込んだり、何かに情熱を捧げるものがない。


そんな大して面白みもないような人生を送っている自分にとって間違いなく唯一と言っていいだろう。


安室奈美恵。


そんな彼女の引退ライブツアーに行けないなんてことがあれば、人生一生後悔するだろう。




そんな私の人生においても最大級のイベントが、抽選という自分の情熱や努力ではどうすることもできないものに委ねなければいけない不条理。


人生はいつだって不公平で無情。


努力は必ず報われる、なんていう成功者の意見は何も説得力がない。


だから落選された方の気持ちのはけ口、拠り所をどこに向ければいいのか分からなくなり、時に乱暴な言葉を吐露してしまいそうになる気持ちはよく分かる。




当選した自分にこう言われても、上から目線で、って思うだろうけど、
決して同情とかではなく、本当にその気持ちは分かるから、辛い。
たまたま自分は1つ当たったけど、自分もそうなっていたかもしれない、その可能性は十二分あった。


自分が当選したからって、喜べない自分もいる。




「感謝と申し訳なさ」



東京ドームに音漏れ参加された方が6,000人近くいたという。


私はあなた方と心は1つです。
壁一枚隔てて天国と地獄のような境界はあるかもしれないけど、


あなた方は同じ安室奈美恵ファンとして誇りです。


音漏れに数千人ってこんなに愛された人間いますか?


私はそんなたくさんの人に愛された女性を同じ時代に生きて、巡り会えて、
青春の大部分をともにしてきたことに感謝と申し訳なさしかない。


安室奈美恵という霞のような存在は、みんなのその気持ちで成り立っているんだろうな。






だからね。


お願いがあるんだ。


「最初で最後だからライブ応募したら当たった」っていう方々。


全然いいんです。


抽選ですし、当然の権利ですし、文句言われる筋合いなんて本当は何もないんです。







でもね。





上に書いたような方々がいるってことだけは知って欲しいの。


「初めて安室ちゃんのライブ行ったけど、最高だった!」


本当は熱烈なファンの方々は、
こういうコメント聞くの嬉しいの。


「そうだろそうだろ」
「私なんてもっともっと前から、ず〜と知ってたんだよ、エヘッ」


もっともっと安室奈美恵がみんなに好かれて、もっともっと大きな渦になれ!結晶になれ!


本当に思うんだ。



「初めて安室ちゃんのライブ行ったけど、最高だった!」


嬉しいけど、悲しくなるの。


口に出して「私なんかが行ってゴメンね」って言って欲しいんじゃない。


「ライブに行けた感謝と行けなかった方への申し訳なさ」だけ、心に留めておいて欲しいの。


そうしたら、落選したファンの心は少しは報われるから。




とある方のツイートより↓(問題があれば削除します)


【最後のライブやし、ライブ一回も行ったことないし、せっかくだから応募したろwww
みたいな、記念受験的なノリで応募したら、見事に落選。
でも今日のニュース見てたら、それでよかったと思った。
ファンとかがガチ泣きしてて、チケットに落選した人たちも会場外に大集合して、漏れ聞こえる歌声を聴いて泣いていたからだ。
ああいう光景を見たら、にわかの私にチケットが当たらなくてよかった。
好きだけど、泣きは絶対しないからね。
さすがにこういうのは、テレビに映っていたような熱狂的ファンに当たったほうがいいだろう。




この方が当選していようと落選していようと
こういう風に思ってくれればそれで報われる。






〜悲しみには優しさを 涙には明日の光を そしてまた ありがとう〜






③に続く

安室奈美恵、最終公演、行ってきた。今思う事①〜絶頂と喪失〜



エピローグ


【安室奈美恵、来年9月引退へ】


Yahoo!ニュースでこのタイトルを見たときの感情を今でも覚えている。


彩りに溢れていた風景が一瞬にしてモノクロの世界に変わった。


動悸がして、血圧が下がっていく、冗談じゃなく、気を失いそうになった。


絶望感を味わったことのある人なら、分かっていただけるだろうか。


まさにこの瞬間からスタートをきった。


決して前向きなものではなく、突き動かされる衝動のようなもの。





本題



30代男。


まさに青春=安室ちゃん。


同世代にはそこまで好きではないという人も、
多少青春時代の一部分には彼女の存在がないわけではないでしょう。(アンチ含め)


私の安室熱は10段階中8といったところ。


人生全てを捧げてきた、というほどではないが、
ファンクラブ(FS)も入ってるし、人生(青春)のど真ん中に安室奈美恵が存在している、という感じ。


そんな今の私にはいろんな感情が蠢いている。




多くのファンがおそらく今抱いているであろう感情。



『絶頂と喪失感』



この言葉に集約されているわけだが、


ライブに当選した時からその感情は始まってる。


『まだかな、まだかな』というワクワク感と同居する
『終わりの始まり』感。


始まってしまえば、もう終わってしまう。


ものすごい喪失感に襲われるのが分かっているので、
来て欲しいような来て欲しくないような感情。


〜耐えがたい不安も後悔も、絶え間ない快楽への回路〜
ではなく、
〜絶え間ない快楽も、耐えがたい不安や後悔への回路〜
である。


喪失感への不安や恐怖心。


10代の頃にたまに襲われた死への恐怖、みたいなもの。
いつか必ずくる、と分かっているから。




でもTVのインタビューに答える安室奈美恵は前向きだ。


ネガティブになりそうな自分の背中を押してくれているよう。


〜だってそうして人は何度でも 闇に立ち向かう強さあるはず
与えられて選ぶんじゃなくて その足で踏み出して〜



そう。
いつだってそう。


こうやって彼女の歌に励まされてきた。



こうやって25年間、
何千人、何万人もの感情を巻き込んで
大きな渦となり
大きな結晶となり
安室奈美恵という一歌手が、スーパースターになっていった。



ファンから見ても決して衰えを感じての引退ではない。
むしろ未だに進化形!
その結晶はファンの心の中で今でも大きくなり続けている。
それなのに引退を表明したのだから、その喪失感たるや言葉に言い表せない。




でも、もう怖くはない。もう覚悟を決めた。






そして、その日は来てしまう。



Ready ?
Show Time !!




②へ続く。